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いやなかんじ

いやな感じ

高見 順

「文学界」1960(昭和35)年1月~1963(昭和38)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 292,113 字 · 587 页

青空文庫

なものだった。ここでただひとつ、はっきり今でも思い出せるのは、次のことである。俺はほんとのところ、民衆が俺の死をいたんでくれるのより、照子ひとりが俺のために泣いてくれることを望んだのだ。

泣いてくれるかどうか分らない。だから、泣いてくれることを望んだ。そうだ、それは照子というより、俺のために泣いてくれる女ということだった。俺には、俺のために泣いてくれる女がいない。――

手早く話そうと言いながら、ぐずついている。下関に着いて、そこから関釜連絡船に乗って、玄海灘を渡るのだが、そのときのことをちょっと……。

夏の陽がギラギラと照りつける炎天下――船に乗ろうと列をなした乗客の左右に、眼を光らせた刑事たちが立ち並んでいて、いわゆる挙動不審の者や、うさん臭いのに、

「おい、ちょっと来い」

とやっている。横柄に手で招いて、列から離れさせる。おいとやられた本人が、まさか自分のことではないだろう、うしろの奴かなと脇見をしたりすると、

「お前だ!」

と刑事にどなりつけられ、へっと首を縮めて、両手に重い荷物をさげながら、おたおたと出ていくのもあった。

このことはあらかじめ聞いてはいたが、聞きしにまさる厳重さだった。