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いやなかんじ

いやな感じ

高見 順

「文学界」1960(昭和35)年1月~1963(昭和38)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 292,113 字 · 587 页

青空文庫

急には足がとまらぬほど息せき切って駈けてきたわけではない。その波子の顔は、いそいそとは反対の、むっとした表情だった。同時に俺の眼は、あの朋輩の女が裏口から顔を出して、詮索的な眼を俺たちに放っているのを見た。無関心を急に変らせるものが、波子の素振りにあったにちがいない。

「どうしたい」

どうとも解釈できる言葉を俺は、路地を出ると波子に言った。

「当分はまだ下働き……」

朗らかな声で波子はすぐ言った。まっさきにせねばならぬ報告事項のようにそう言うと、

「一生懸命働いて、着物作んなくちゃ……」

これは自分に言ってきかせるつぶやきだった。着物がないと、店に出られないのか。

「よし、お礼に着物を買ってやろうか」

「何のお礼?」

食ってかかる声だった。

「暑いから、氷でも飲もうか」

「歩きましょうよ」

氷屋には人がいるから話ができない。そう言う波子は、問屋の男たちが道ばたで梱包をしている表通りを避けて、人目につかない横丁に俺を導いた。炎天から日かげにはいれたのも助かった。

先に立った波子のぼんのくぼを見ながら俺は、荒地に生えた夏草の茎を思い浮べていた。逞しく、いじらしい雑草。