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みずぐるま

みずぐるま

山本 周五郎

「面白倶楽部」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,077 字 · 54 页

青空文庫

若尾は彼が来たのを知らなかった。そのとき彼女は小屋の裏で、稽古薙刀を持って新しい手法のくふうをしていた。このあいだに和次郎は親方と会い、親方の口から詳しい事情を聞いたのであるが、話の済むまで若尾には知らせず、すっかり終ってから、親方と二人で小屋の裏へやって来た。

彼の姿を見ると、若尾は赤樫の薙刀を頭上にふりあげたまま、あっと口をあけて立竦んだ。躯が石にでもなったようで、表情も消え、すっと額から白くなった。

「迎えに来たよ」と和次郎は云った、「――おいで、いっしょに帰るんだ」

若尾の(薙刀をふりあげていた)手が、ゆっくりと下におり、その眼はなにかを訴えるように、親方のほうを見た。

「お帰り」と親方が云った、「弘田の旦那にすっかり話した、旦那の話もうかがった、若尾は河内伊十郎という武士の娘で、りっぱに家の系図も持っている、不幸なまわりあわせでこの一座にいたが、武士の娘という歴とした素性は消えはしない、誰に恥じることもないし、誰にだって若尾を辱しめることはできないんだ」

「私もひと言だけ云っておく」と和次郎が云った、「おまえは私のために自分を犠牲にするつもりだったそうだが、もしも逆に、私がおまえのためにそうしたとしたらどうだ、おまえはそれを嬉しいと思うか、私の犠牲をよろこんで受取ることができるかね」