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ゆだんたいてき
ゆだん大敵
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1945(昭和20)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,664 字 · 41 页
「さような哲学でなく実際の例をうかがいましょう、『道』などとは言葉に過ぎません、これがこの道場で教える『道』だという、事実をはっきり示して下さい」
「よろしい」久之助はしずかに頷いた。
「……ではそのまえに訊くが、さむらいの奉公が身命を捧げるところから始るということを知っているか」
「日々時々、その覚悟で生きています」
「では仮に今ここで身命を奉るとして、そこもとは即座に死ぬことができるか」
「ご念には及ばぬ、死んでみせましょう」
昂然と云い放つ賢七の眼を、久之助はしみいるようなまなざしで暫く見いっていた。それから膝をすすめ、手を伸ばして賢七の着衣の衿を指さした。
「その衿の垢をみろ、……武士のむくろが、そのように衿垢の付いた着物を着けていて恥かしくはないか」
「これは道場着です、俗に死装束と申して、武士が死ぬには作法のあるものです、頭も水髪に梳き直しましょう、肌着から裃まで用意はかねて出来ています」
「その暇がなかったらどうする」
「…………」
「いつなんどきでもとは待った無しの意味だ、たった今、この場で一命を奉るというときはどうする」
賢七はぎゅっと唇を噛んで黙した。