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イデオロギーがいろん

イデオロギー概論

戸坂 潤

第四章 文化社会学の批判「文化社会学」同文館、1932(昭和7)年4月5日<br>第五章 知識社会学の批判「思想 第101~103号」1930(昭和5)年7月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,000 字 · 316 页

青空文庫

形式論理学は、その一切の論理的意味内容を棄て去ることによって辛うじて形式論理学に踏み止まるか(形式主義――論理計算)、それでなければ形式論理学的法則の一部を棄て去らねばならぬ(直観主義)。数学は形式論理をあくまで固執するか、それでなければ先々のあてもなくこの形式論理の一部分を棄てねばならない。数学は云わば論理学的危機に立っているのである。

この危機は併し元来例の二律背反乃至逆説の処理の仕方から結果したものに他ならなかった。この二律背反乃至逆説の論理的意味を検討し直すことによって、この危機を切り抜ける方針は見出されるべきだ。――処で二律背反なるものは、論理が論理以外のものを取り入れようとする関係を論理自身の側から名づけたものに外ならない。と云うのは、それは外でもない、弁証法を形式論理の側から局部的に名づけたものなのである(だからカントに於ても二律背反はその「弁証法」にぞくしている)。弁証法の本質は形式論理の側から見ると単なる矛盾としか写らないが、二律背反とは遂に解くべからざる一種の矛盾ではなかったか。

文学的反省に於て逆説やアイロニーが弁証法的本質として一般的に捉えられていないのを常とするように、今の数学的認識に於ても、この二律背反が充分に弁証法的なものとして自覚されていなかった。