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イデオロギーがいろん

イデオロギー概論

戸坂 潤

第四章 文化社会学の批判「文化社会学」同文館、1932(昭和7)年4月5日<br>第五章 知識社会学の批判「思想 第101~103号」1930(昭和5)年7月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,000 字 · 316 页

青空文庫

処が精神分析によれば、精神それ自身が初めから衝動的本質と考えられる。だからこの衝動即ち又精神を、阻止し解放するものは、もはや精神自身である筈がない。フロイト主義によれば夫が、社会でなければならなかった。で、シェーラーの文化社会学に於て精神であったものはフロイト主義に於ては社会となるのである。――だから、シェーラーにとっては文化は精神そのものに過ぎないが、処がフロイト主義にとっては、文化は精神が社会の框を通った結果でなければならぬ。前者に取っては衝動から直接に文化(精神)へである。後者にとっては、衝動(精神)から社会へ、そして社会から初めて文化へ、である。――そこで人々は注目しなければならない、シェーラーの文化社会学にとっては、社会は必ずしも文化概念の構成過程に横たわらなくてもいいということを、然るに、フロイト主義的文化理論にとっては却って、社会が文化概念の欠くべからざる構成過程をなしている、ということを*。

* フロイト主義文化理論に就いては第六章を見よ。

文化「社会学」で恰も社会という概念そのものが軽んじられているという、この多少皮肉な特色は、要するに、所謂文化社会学がまだ文化社会学としての機能を充分に果していないことを物語っている。