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フレップ・トリップ
フレップ・トリップ
北原 白秋
「女性」プラトン社、1925(大正14)年12月号~1927(昭和2)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,698 字 · 293 页
商才に長けてなかなか機敏な人であった。
「一寸、林務官が見えていますから。」と時々中座した。その時の二階の客というのが、今思うと恐らくAさんであったであろう。
私たちは陶然としてしまった。もう少し酒興が深めばいよいよ羽化登仙というところで、サラリと正面の襖が開いて、コツコツと杖こそ突かぬが、ぬうと這入って来たは白髪白髯の老紳士とその老夫人であった。主人は後から元気な赤い顔をして蹤いて出て、
「ええ、こちらが十二畳でございます。」と、上座の私たちを、目八分に透かすと、
「只今、ここに御酒をめしあがっていらっしゃるのが北原白秋先生に山本鼎先生でございます。お家賃は百五十円で。」
「おいおい。」と鼎さんが私の袖を引いた。
「僕らも家賃の中へはいってるらしいよ。」
「や、こりゃ驚いた。逃げよう逃げよう。」
向うでも流石にすぐに引っ込んだが、後できけば、有福ななにがしの子爵とやらであった。
二階の客も逃げたらしい。小田原旧城の倒れ木の払い下げもついぞまとまったという話もきかなかった。
ああ、あの醍醐味の弁当箱かと、私はまた独で苦笑した。
そのAさんは背の高い痩形の、鼠の背広に麦稈帽という軽装で、気前よく私たちの先へ立って行った。