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フレップ・トリップ

フレップ・トリップ

北原 白秋

「女性」プラトン社、1925(大正14)年12月号~1927(昭和2)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,698 字 · 293 页

青空文庫

本斗の一夜

あ、たんぽぽだ。

汽車が停まった。

「本斗」「本斗」

山高に燕尾服の、品のいい老人が、車窓に向って直立した。若い従者がうしろに立った。

老紳士は山高を脱った。そうして、謹直な叩頭。

本斗の町長であった。

本斗の一夜

「おおい。まだかあい。」

と、こちらの二階の欄干へ、浴衣がけの三尺帯で乗り出したのは私である。

「おおい。もうじきだよう。」

広い通りを隔てた向うの理髪店から、椅子に掛け、姿見に対ったまま、その鏡の中から、ザッと刈ったばかりの坊主頭をしきりに振り立てるのはわが友庄亮である。首を竦めてキチンと構え込んでいる。何か脹れぼったい頬の、細い細い眼で笑っているようでもある。

八月十四日の、樺太は本斗の晴明な暮れがたのツワイライトである。摂政宮殿下の行啓を仰いで、ついその翌晩、お祭り気分の濃厚な、黄や碧や赤やの色々の装飾の中で、実に鮮かに一斉に電灯が点いた。それから五分とは経たなかろう。殊にもこの真向うの姿見、硝子棚、バリカン、廻転椅子、カバーの白白白、立ち廻る理髪師の背広の、ズボンの白、掻き立てなすりつけた客の頬や頤の石鹸の白、琥珀の香水、剃刀の光、鋏のチャキチャキ、そうした銀と緑との小夜景がまるで近代劇の或る場面かのように私の前に展開された。