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にんげんひょう
人間豹
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年1~2月、5月~1935(昭和10)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,989 字 · 311 页
じゃあ、あいつ、雨戸のそとから立ち聞きしただけで、スゴスゴ引っ返したのですね」
神谷は言いながら、じっと庭を眺めていたが、たちまち、何を発見したのか、ハッとしたように顔色を変えた。
「お母さん、ちょっと、あれをごらんなさい」
彼はまるで、すぐ近くに人間豹が立ち聞きでもしているような、おびえたヒソヒソ声になって、
「あの足跡をよくごらんなさい。縫いぐるみのこしらえもんだけれど、足跡の前うしろはちゃんとわかるようにできています。あの足跡、みんなこちらを向いているじゃありませんか。向こうむきのは一つもないじゃありませんか」
「おや、そうですわね。どうしたんでしょうか」
お母さんは、まだその恐ろしい意味に気がつかない。
「つまり、あいつは、塀を乗り越して、縁側のところへやってきたきり、引っ返していないのです。来た足跡だけで、帰った足跡がないのです」
「まあ!」
蘭子とお母さんとは、ゾッとしたように顔を見合わせた。
「あたし怖いわ。神谷さん早く警察へそういってくださらない。あいつは、きっと、このうちのどっかに隠れているんだわ」
「慌てることはないよ。いざといえば隣近所があるんだからね、たとえ、あいつがここに潜んでいるにしたところで、昼間ノコノコ出てくる気遣いはありゃしない」