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にんげんひょう

人間豹

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年1~2月、5月~1935(昭和10)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,989 字 · 311 页

青空文庫

ふと気がつくと、二、三間向こうの草むらが、サワサワと鳴っていた。風かしら、風に枯草がなびいているのかしら。だが風にしては一か所だけに音がするのは変だ。彼は少し無気味になって、立ち止まって耳をすましたが、空にはやっぱり風が吹き渡っているのに、さいぜんの物音はパッタリやんでしまった。

歩きだすと、また同じ方角から、サワサワと音が聞こえてくる。立ち止まると、パッタリやんでしまう。われとわが足音に脅えているのかしら。いや、どうもそうではなさそうだ。試みに、足音を盗んでソッと歩いてみたが、やっぱりサワサワと草むらを分けて風の吹き過ぎるような音がする。

都会の雑沓から遠く離れた武蔵野の深夜は、冥府のように暗く静まり返っていた。音といっては空吹く風、光といっては瞬く星のほかにはない。その、この世とも思われぬ暗闇の草原に、風とは別の物音が絶えてはつづいているのだ。

神谷はあまりの無気味さに立ちすくんだまま、動けなくなってしまった。そして、音のした方角をじっと見つめていると、草むらのあいだに、燐のように青く底光りのする二つの玉が現われた。この寒い時分、蛍がいるはずはない。