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にんげんひょう

人間豹

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年1~2月、5月~1935(昭和10)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,989 字 · 311 页

青空文庫

急に顔のメーク・アップを落とそうとしたって、油か、せめて水がなければどうなるものでもない。

「こいつは大変なことになってしまったわい」

もうこの上は、捕物など断念して逃げ出すほかに思案はない。彼は、人声から遠ざかるように、遠ざかるようにと注意しながら、鉄管から鉄管へと、無茶苦茶に這い出した。

すると、たちまち恐ろしい障害物にぶっつかってしまった。

「アッ、痛え、誰だ、誰だ」

明智と鉢合わせした男が、相手の胡散くさい態度に気づいて、大声にわめき出した。

「オーイ、みんな、ここにいたぞお。人間豹の野郎がここにいたぞお」

明智は物も言わず大急ぎで反対の方へ逃げ出した。だがそれが一そう事態を悪化させる結果となった。逃げるからにはテッキリ人間豹に違いないという確信を与えてしまった。

「逃げた、逃げた。吉公、お前の方へ逃げたぞ。とっつかまえろっ」

かようにして、鉄管迷路のめくら滅法な鬼ごっこがはじまった。逃げた、逃げた、汗びっしょりになって逃げまどった。

明智はこんな変てこな立場は、生れてはじめてであった。追われるものの心持がつくづくわかったような気がした。

逃げて逃げて、ヒョイと気がつくと、ああ助かった。