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にんげんひょう
人間豹
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年1~2月、5月~1935(昭和10)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,989 字 · 311 页
むろん彼らの虎にも、熊にも、曲馬団の人たちを決して近寄らせなかった。かくして二重三重の目的が達せられた。恩田父子と豹とが安全に身を隠し得た上に、誘拐した文代さんまでも、まったく人眼のとどかぬ熊の檻の中に監禁しておくことができたのだ。いや、そればかりではない。猛獣格闘の見世物と称して、はれがましい大群集の面前で、その文代さんを豹の餌食にして見せるという、無残きわまる大芝居さえ演じることができたのである。彼らはこの悪魔の虚栄心に、殺人演技の魅力に、なかば狂せるがごとく、ついにはわが身の危険をさえ忘れ果てたかのように見えた。
「人間豹」事件は、明智小五郎が取り扱った多くの犯罪事件の中でも、最も奇怪な色彩のものであった。当の被害者が、愛妻の文代さんであったという意味だけでも、彼には長く忘れがたい印象となって残った。
「僕はね、あの風船に乗った恩田のやつが、空の上から僕たちをあざ笑った気味のわるい笑い声が、いつまでも耳に残って離れないのだよ。夢に見るのだよ。おそらく一生涯あの声は忘れないだろうね」
明智はそののち恒川警部に会うごとに、きまったようにそれを言い出すのであった。