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にんげんひょう
人間豹
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年1~2月、5月~1935(昭和10)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,989 字 · 311 页
千番に一番という危ない芸当をもくろんでいたのだ。
何本もマッチをむだにして、やっと紙類が燃え上がった。ワイシャツの袖に火が移った。と見ると、神谷はいきなり地だんだを踏みはじめた。両の拳を握って烈しく板壁を叩いた。そして、何がおかしいのか、大口をあいて、できるだけの声を立てて、気ちがいのように笑いだした。
「ワハハハハハ」という無気味な笑い声が家じゅうに響きわたった。
しばらくそれをつづけていると、案の定、板戸のそとに足音がして、覗き穴をひらいたものがある。神谷はそれを合図のように、たちまち沈黙して、すばやく、覗き穴から見えぬ入口にうずくまり、板戸のひらくのを今や遅しと待ち構えた。
彼の笑い声に不審を抱いて、様子をうかがいにきたのは、やっぱり恩田の父親であった。見ると、部屋の奥に炎々と燃え上がる火焔だ。打ち捨てておけば、今にも板壁に燃え移りそうに見える。慌てふためいた老人は、何を考える暇もなく、いきなり閂をはずして板戸をひらき、火焔を揉み消すために、室内に駈け込んだ。
今だ! 神谷は老人の腋の下をくぐるようにして、疾風のように廊下へと飛び出した。そして、満身の気力をふるい起こして、老人のうしろから、パタンと板戸を閉め閂をおろした。