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にんげんひょう

人間豹

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年1~2月、5月~1935(昭和10)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,989 字 · 311 页

青空文庫

蘭子はその時はじめて、この男が普通の人間でないことを悟った。けだものだ。人間の形を借りた猛獣だ。

あまりの恐ろしさに、もう気力も尽きたかと感じたが、しかし、こんな野獣の餌食になるのは、考えただけでも耐えがたい汚辱であった。ない力をふりしぼっても、この危急をのがれなければならない。

「いけません。あたし、どうしても帰ります」

「だが、僕は帰さないのさ」

野獣が人間の言葉で嘲りながら、なおもその無気味な顔を、彼女の眼の前に近づけてきた。

「ね、ラン子、僕は執念深いのだよ。一度思いこんだら、君がどんなに逃げまわっても、どんなに警戒しても、結局目的を達しないではおかぬのだよ。よく考えてごらん。君は命が惜しくないのかい」

言いながら、彼の熱い頬が彼女の頬に触れ、蜘蛛のような五本の指が、彼女の背中を這いまわるのが感じられた。

ゾーッと、からだじゅうの産毛が逆立ち、血流が逆流した。蘭子はもう無我夢中であった。何かしらえたいの知れぬ叫び声を発しながら、狂気の力をふりしぼって、立ち上がりざま襖に向かって突進した。

メリメリと恐ろしい音がして、襖に穴があいた。

蘭子は無理やりにそこを押しくぐって、廊下にころがり出した。