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にんげんひょう
人間豹
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年1~2月、5月~1935(昭和10)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,989 字 · 311 页
しかも眼の前には、彼を指さし、彼の正体をあばき立て、彼の旧悪をどなり散らしながら、駈け寄ってくる仮面の人物がある。
人間豹はみじめにも狼狽しながら、罠にかかった野獣のように、舞台の上を右に左に走りまわった。引き返すこともできない。進むこともできない。舞台裏には係りの若い者が通せんぼうをしてがんばっている。前には見物の人の山だ。
横に逃げられないときまれば、縦に逃げるほかはない。彼はついに豹の本性を現わして、舞台の額縁の柱の裏がわを、すさまじい勢いで、掻き登りはじめた。
人間業ではない。別に足場とてもない漆喰いの円柱だ。それを彼は一匹の猫のすばやさで、みるみる天井へと姿を消してしまった。
舞台の上方、一文字幕の蔭には、蜘蛛手になって、あらゆるからくり仕掛けが張りめぐらしてある。浅黄幕の太い竹竿、照明の電球を取りつけた棚、本雨の水道管、紙の雪を降らせる籠。
人間豹はそれらの棚や竹竿を伝わって、舞台中央の天井まで逃げおおせることができた。彼はそこの照明棚にうずくまると、古いお芝居の化け猫そっくりの形相で、爪を磨ぎ、牙をむき、燐光の燃える両眼をらんらんとかがやかせて、遥か眼下に群がる人々の気勢をうかがうのであった。