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にんげんひょう

人間豹

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年1~2月、5月~1935(昭和10)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,989 字 · 311 页

青空文庫

蘭子までが、どこから逃げ去ったのか、影も形もないとわかると、もうがっかりしてしまって、夢遊病者みたいな恰好で、フラフラと劇場を出た。

失望に眼もくらんで、どこをどう歩いたとも知らず、それでも無事にわが家にたどりつくと、出迎えた女中に物もいわず、家人に挨拶もせず、離れ座敷の居間にはいって、そこに取ってあった床の中へ、ころがりこんでしまった。

ああ、なんということだ。悪魔はまたしても彼の恋人を奪い去ったのだ。いずれは蘭子も、かつての弘子と同じ目にあうのであろう。いや、ひょっとしたら、彼女はもう生きてはいないかもしれぬ。

手も足も離れ離れに血みどろになった、ゾッとするような幻影が、まざまざと瞼の裏に浮かんでくる。

「おれはどうしたらいいんだ。畜生っ、おれはどうしたらいいというんだ」

血のにじむほど唇を噛んで、彼はやり場のない憤怒にもだえた。

「あいつにかかっては、警察でさえ、手も足も出ないではないか。それを、このおれに、どうすることができるというんだ。相手は人間ではない、一匹の野獣だ。その野獣がおれの恋敵なのだ。チェッ、おれはけだものを相手に、一人の女を争っていたんだ」