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のぶこ

伸子

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页

青空文庫

二週間たたないうち、伸子はもう一つ、不意な訪問を、不意な人から受けた。

ある午後、一枚の名刺が渡された。田中寅彦という、伸子の父の友人の子息であった。彼女は、その青年とは初対面であった。伸子は、広間へ降りて行った。彼は、アルコウヴで待っていた。いかつい、ややぞんざいな調子で初対面の挨拶をすますと、彼はいきなり怒ったように訊ねた。

「きのうある処で、あなたが佃君と婚約をするとかしたとかいう噂をきいたが、事実ですか?」

何用かと思っていた伸子は、驚いて青年を視た。皮膚の浅黒い、東洋人的に眉の吊り上ったこの青年が、そのことに何のかかわりがあるのだろう。伸子は、不快を感じ、冷やかに答えた。

「何かあなたに関係おありになりますの?」

「関係なんぞあるもんですか。私はただ、自分の親父とあなたのお父さんとが友達だという縁だけで来たんです――解っているのに注意をして上げないのは悪いと思って。――佃君は偽善者ですよ」

伸子は、正面からじっと田中を見つめた。

「なぜそうお想いになりますの?」

「そう思うのではない、そうなのです!」

これらの訪問者以上、伸子の神経を疲らせるのは、佃の、再び懐疑的になった感情であった。