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のぶこ
伸子
宮本 百合子
「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页
生活全体が、その仏壇のように古風な伝統にみちていた。
彼女達が帰った時、東京ではもう桜も木蓮も散り、楓が若葉を拡げはじめていた。
伸子は、ある日、片手で着物の裾をつまみながら、如露で部屋の前に水撒きをしていた。
天気つづきの上、彼女の部屋のまわりは、建増しの時地肌を荒されたので、乾きようがひどかった。雨に打たれることのない庇の下など、土は黄粉のようにポクポクであった。いくらでも水を吸った。さっさと如露を動かすと、水滴がひろがって土に落ちるとき、軟かい清らかな粒の揃った音がした。すがすがしい土の香が立つ。伸子は段々あとじさりながら、一心に撒いていた。
障子が開いて、佃が顔を出した。彼は、しばらく黙って伸子のすることを見ていたが、
「それはじきすむの」
と云った。
「じきよ。――でも――やめたっていいのよ」
「――お茶が欲しいんだが」
「じゃあ一寸待って、すぐ行くわ」
「ここで飲みたいんだがな」
伸子は如露の水を切って、敷居際に立っている佃を見上げた。
「――あちらへ行きましょうじゃないの、ね?」
「…………」
佃は、沈黙で不服を表した。
「お昼に出たっきりだから、すこし行って喋って来ましょうよ。