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のぶこ

伸子

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页

青空文庫

なぜなら、佃はたださえ引こもりであった。伸子がこまごま彼のために小間使いをすると、佃は仕方ない時しか部屋を出ない――例えば三度の食事時とか、厠へ行く時とか、電話とか、父がかえった時とか――。

田舎へ立つ前、こういうことがあった。やはり、彼が部屋で茶を飲みたいと云った時であった。伸子は何心なく、

「じゃあ持って来て上げるわ」

と云って、食事部屋へ行った。母が女中と夕飯の支度の打ち合せをしていた。彼女は伸子を見ると、

「何だい」と尋ねた。

「お茶」

「――お湯があるかしら」

多計代は、手をのばして鉄瓶にさわった。

「ああ丁度いい塩梅だよ」

伸子が茶碗を揃える間に、彼女は自分で急須を調えた。

「おいしい蒸羊羹があるよ、あれでも切ろうかねえ」

ゆったり茶を注ぐ母の態度には、伸子と一緒に茶を飲むことを楽しむ様子がありあり見えた。伸子は三つ茶碗を並べたまま部屋へ佃を迎えに行った。

「いらっしゃいよ、母様がその積りなんで私困るわ」

しきりに進めたが、佃は到頭動かなかった。伸子は、已むを得ず戻って、母に嘘をついた。

「今一寸手がはなせないんですって。これだけいただいて行くわ……私はすぐ来るから待ってらして頂戴ね」