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のぶこ
伸子
宮本 百合子
「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页
伸子はエプロンの紐を解きながら、酸いような笑いで口元を歪めた。
「そうでもないわ」
「じゃ、いいようなもんだけれど……」
多計代は、それ以上云わず、テーブルの花の工合をなおし始めた。古くなりかけた矢車草の葉をもぎ、少し上体を反らせるようにして枝ぶりを見る。花いじりは手先だけのことで、母の胸に云いたいことが詰っているのを、伸子は直覚した。多計代はそれきり何も云わなかった。
数日で四月が終ろうという日、伸子は従妹達とある友人の宅に招待された。曇っていたが、艶のある灰色の空に、ねっとり濃い地上の青葉が美しい日であった。四時頃、伸子が支度をしに洗面所に行くと、佃は、一緒に部屋を出て来て、広縁の隅につくりつけた本棚の片づけを始めた。その本棚は家族共同のもので、本と云っても碌なのは一冊もなかった。古雑誌の仕舞いどころであった。幾年間かの婦人雑誌類が無秩序につめこまれ、それが崩れて、片方の硝子戸が開かないようになったことを、多計代が何かのついでにふと話した。伸子は、今彼のしようとすることを見て驚き、
「決して、あなたにしてお貰いする積りで云ったんじゃあないのよ」
と、止めた。