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のぶこ
伸子
宮本 百合子
「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页
伸子はその蟻の卵を懐しく思い出した。わくわくした少女の心持が、再び経験されない透明な激しさであったように思われる。
紙は展げられていても、そのような精神状態で、伸子は現在の入り組んだ感情を、どう整理する手段も見出せなかった。現在は、実生活の上で彼女の手に余っていると同じに、伸子の力量以上の素材だ。
なんぞというと口論となって巻き上る嶮しい渦巻を避けて、佃は土蔵前の部屋に、伸子はその小部屋に、多計代は真中の食事部屋にと三方に別れて数日暮した。
「――いるのかえ?」
ある午後、多計代が、低い襖に束髪をこごめて、伸子の部屋へ入って来た。
「――案外いい風が入るんだね、ここは……」
「下見窓のせいね」
多計代は、よその家へでも来たように、その辺見廻していたが、
「佃、夕方帰るのかえ」
「そうでしょう、別に何とも云っていなかったから……」
「そんならいそがないけれど……」
語調を更え、やがて彼女は、
「私もこの間からいろいろ考えたがね」
と云った。
「…………」
「――おやおや、まるでひとのことみたいな顔だね」
伸子は勢い、
「何なの」
と、云わずにいられなくなった。
「何、御迷惑なら云わないだっていいけれどもね」