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のぶこ

伸子

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页

青空文庫

「ふうむ、それで?」

「私は、ええちょっと相談がありますと云っただけだが――皆気の毒に神経質だ。私なんか幹事だろうが誰だろうが、平気で行って話すから、きっと皆、意外に思っているんでしょう」

佃は、それが得意でなくもない。――

「ゴーゴリね」

と笑うが、心のうちで伸子は、夫もその中で、明かに小勤人の一役を受持っているのを感じ、彼がそれを不平ともしないことに哀愁を感じた。

秋が進んだ。庭に、月がさした。その月の光は崖下の櫛比した屋根屋根を照し、終夜、床下で虫が鳴いた。霜が下りるようになってから、まだ暗い午前六時頃、寒く凍った道路を、工場へ出かける人々の朴歯の音が、伸子の寝ている枕に響いて来た。

伸子は、だんだん自分の心に切ない渣滓が溜って来るのを感じた。彼女は毎日絶え間なく飢えていた。それらは、誇るに足るほど高い程度のものではなかったにしろ、内的に育つ盛りの若い伸子にとって、食物と同じに必要な芸術的雰囲気の欠乏が、深く彼女を苦しめた。佃は、長年アメリカの女の生活を見馴れていたから、寝たいだけ伸子を眠らせた。日常の買物も自分で厭わずした。台所さえ伸子一人でぽつねんとしないでよかった。