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のぶこ

伸子

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页

青空文庫

伸子は父達の会話を一向楽しんでいなかった。老人のその客は、伸子がまだ十ぐらいの女の子ででもあるかのように時々じろじろ永いあいだ顔を見ながら、口ではまるで彼女と無関係な、鉄の話をつづけた。――ところへ、外套を腕にかけ、帽子を手に持ち、陰気な顔つきで広間のはじに佃が現れた。彼女は、活々彼を迎えた。佐々は、佃と東郷というその老人の客とを紹介した。佐々は、持ち前の愛想よさで、しきりに客同士共通な話題を提供しようとした。佃も、丁寧な態度と言葉で佐々からの話、東郷のやや親父ぶった質問に答えた。が、伸子には佃がちっともしんから愉快にその会話をしているのではないことがはっきり感じられた。彼が、社交上の義務という風で応待していることが、伸子に不満であった。だんだんその無言の圧迫が堪えられなくなって来た。彼女は、佃の態度に拘泥する必要が自分にあるのかないのかを顧みる暇なく、自分の場所から立ち上った。そして、父と東郷に、

「一寸失礼いたします」

と挨拶をし、佃を、

「こちらへいらっしゃらないこと、目録を持って来て下さったのでしょう?」

と傍のテーブルに誘った。佃は外套のポケットからかなりの厚みがあるC大学便覧を出して、伸子の横に椅子を引きよせた。