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のぶこ

伸子

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页

青空文庫

そのことで、伸子はヒステリーを起すほど苦しんだ。養子問題はこのうちうやむやに消滅した。当時の混乱した心の苦痛が今甦って来て、伸子は、また同じことが始まったかと恐ろしくなった。彼女は、

「私の幸福って――妙ね、何だか」

と、切なく、皮肉な吐息を洩した。

「そんなこと抜きでも、あたりまえじゃないの――つまり、あなたとして一足飛びのことなすったから、順序を踏みなおすと云うだけじゃあないの」

「…………」

佃は不興げに上を向いたままであった。

「いやならいらっしゃらないだって、もちろん私平気よ」

伸子は熱心に囁いた。

「あやまる必要なんか、決してありゃしなくてよ、あなたに。動坂がそもそも滅茶を云ったんだから。――お父さんにすっかりお話して、行くのなんか、やめましょうよ、じゃあ。ね? 却って立派かもしれない、その方が……」

佃はやはり沈黙して、天井を見ている。

「ね、そっちばかり見ていずにさ……なぜ黙っていらっしゃるのよ」

「だから――君が望むんなら行きます、と云っているでしょう」

「そんなの、いや」

「どうして」

「だって――あなた、あんな風に電話かけたっきりで、すらりと運ぶと思っていらしったの? それで、はいと承知すると、思っていらしった?――正直に云って」