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のぶこ
伸子
宮本 百合子
「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页
着いたばかりの客が洋傘を顎の下にかって、彼らの自動車を目送する様子。土産物屋の店頭に、粗末な赤や緑で塗った刳物が並んでいる。それも田舎っぽく、陽気な湯町の朝景色であった。伸子は気のりがして、部屋の無いことも大して苦にしなかった。その年は、夏休みじゅう特別なこみかたで、伸子らが着いた時でさえ、吉田屋の店先には、二十人ばかり溢れた新来者がいる有様であった。彼らは一晩、吉田屋の番頭の家で過した。吉田屋の筋向うにある土産物屋の一つで、表で商いをし、二階をそうやって夏場の溢れ客のために使っていた。岡持を下げた吉田屋の若い者が、朱塗の膳など運ぶのが見えた。彼女らは、そこにさえ場所がなく、店の直ぐ裏の座敷に置かれた。納戸の暗いところに、桃色の兵児帯が見えた。夜、こちらの電燈を消したら、店の灯で、刳物の茄子の影が障子に映った。
やっと明いた部屋も、本来は小林区の役宅の一部であった。
「でもいいことよ、却って静かでいいわ、山家住居で……」
八畳と六畳とある。八畳の方が彼らの室になった。六畳は見晴しがある代り、直ぐ堤下が道路で、絶えず通る浴客から部屋の内部が見透しであった。