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のぶこ
伸子
宮本 百合子
「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页
樹間の山道から本道へ出た登山路はすっかり開けていた。女連れや子供づれの湯治客が、暢気に熊笹の間を縫って行くばかりではない。二間半ほどの道の一方によせて、トロッコの軌道が敷けていた。
「まあ、ずっと上まであるのね、何が通るんでしょう」
十五ばかりの少年をつれ、中歯を穿いた男が、伸子らの横を歩いていたが、
「よく開けたもんですなあ。このトロッコで硫黄を麓の工場まで降すんです――よほどの産額になるらしいですよ」
と、それをききつけて云った。
登るにつれて、背の高い樹木が減った。日光が暑くなったので、伸子は洋傘をさした。笹の繁った山腹、キラキラ碧い夏空の下で、たった一点赤い自分の洋傘の色は、どんなに活々美しく見えるだろう。伸子は、子供らしい物珍しさで亢奮した。風景も、湯本までの自動車から眺めたより、この辺はずっと雄大であった。紆曲の緩やかな笹山が、目路を遮る何ものもなく、波うちつづく。遙か遙か下界に、八月の熱気でぼーっと、水色がかった真珠色に霞んだ地平が見晴せた。道の工合で前に行く人の姿は見えず、時々話声だけ聞える。その人声が、山路の明るい静寂の深さを感じさせた。