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のぶこ

伸子

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页

青空文庫

阪部は、二重瞼の、眼尻に小皺のある眼で、しげしげと伸子を眺めた。

「――あなたは相変らず元気ですね」

伸子は、肩を落すようにして、唇を曲げた。阪部は、彼女の感情を見抜いたように直ぐ押しかぶせて、

「いや、元気なのが本当だ」

と云った。

「すべて、生きているものは元気なのが自然だ。真の元気は、見ようによって、一種聖なる天の力の反映みたいなものですよ」

去年の夏、丁度佃が関西方面に旅行中のことであった。伸子が動坂の家から病院通いをしていたころ阪部が上京した。彼は赤坂の家の留守番から二人の消息をきき、動坂へ訪ねて来た。伸子は、父親にも紹介し、三人で夕飯を食べた。その時、彼らは、主として、C大学にいた頃のことを話し合って興じた。

伸子は、

「あなたもあの頃は、今のように大家じゃなかってよ」

と笑いながら云った。

「一生懸命だったわね。ほら、あの黴だらけの林檎を大事にしていらしたこと!」

「ふむ」

阪部は、顕微鏡を覗きつけた真直な平らかな視線でややしばらく伸子の顔を見ていたが、突然云った。

「――あなた――こんなことを伺うのは失礼かもしれんが――幸福ですか?」

伸子は、いきなり苦しい胸の真中を、すぱりと射られたように感じた。