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のぶこ

伸子

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页

青空文庫

広間では、愉快そうな男女が、あちらこちらに群れていた。夜会服をつけた娘が三人、花束のようにかたまって、嬉しそうに恥かしそうに、人中を抜けて出て行った。黒い服をつけた監督の老嬢が、隅の大理石柱の下に、活々したさざめきを眺めながら、つくりつけた微笑を湛えて坐っている。

伸子は、電話箱へ入った。彼女は、若し誰かに、何処かへ招かれるのだったら断ろう、と思いながら受話器をとりあげた。

「もし、もし」

「佐々さんですか、すぐそちらへつなぎますから」

カカカと接続の音がした。

「もしもし」

「もしもし……あなたは」

非常に不鮮明に、遠く途切れ途切れながら、一声聞くと、伸子は思わず、卓上電話の銀色に光る台を握りしめてのり出した。

「佃さん?」

「佐々さんですか? どうしておられます?」

伸子は、こみ上げて来る嬉しさと恋しさとで、口が利けなくなってしまった。やっと先方に聞えるくらいの声で彼女は、

「もしもし……もしもし……」

と囁きながら、動顛した熱い額を、ぐいぐい送話口に圧しつけた。

佃の声にも、優しさがあった。

「紐育のお天気はどうです? こちらはひどい吹雪ですよ――話が聴えますか」