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いだいなるゆめ

偉大なる夢

江戸川 乱歩

「日の出」新潮社、1943(昭和18)年11月~1944(昭和19)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 117,988 字 · 234 页

青空文庫

まだ明け切らぬ朝靄の木立のなかを縫うように、京子の姿が温泉村の谿谷へと急いでいた。山荘の人々は誰も起き出でてはいなかった。新一青年も寝間着のまま、ガラス窓越しに、夢のような京子の姿を垣間見たのである。

果して京子は人知れず何事かを行っているのだ。新一は手早く衣服をつけて、そのあとを追った。相手に悟られぬよう朝露に裾を濡らして尾行した。

京子のおぼろな姿は、林を縫い草を分けて、温泉村の遙か上手の谿谷へと降りて行く。谷川のせせらぎは近づくに従ってその音色を高め、遂に滝の音と変る。木の枝越しに天降る白い帯が見える。冷たいしぶきが頬に感じられる。

三丈ほどの断崖から、落ちる細い美しい一本の滝、その滝壺の岩の上に、何かしら神々しい白いものの姿がスックと立っている。

新一は声を呑んでそれを見入った。黎明の山気に包まれ、滝しぶきと朝靄に霞んだその姿は、白い浴衣一枚になった京子であった。京子が滝にうたれているのであった。

黒髪はとけて肩に流れ、白衣の長い袂はもつれて肌にまとい、瞑目した白い顔には血の気もなくて、合掌せる手先と、岩をふまえた素足の指にほのかな桃色がただよっていた。