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かちうんまけうん

勝ち運負け運

佐々木 邦

「キング」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 119,262 字 · 243 页

青空文庫

「あら!」

と先方が口走って、会釈をした。僕も答礼して、つい後姿を見送った。

「御存知でいらっしゃいますの?」

と奥さんが訊いた。初めて僕に言葉をかけてくれたのだった。ナカ/\お見識が高い。

「あの方、東京病院の看護婦さんでございましょう?」

「はあ。あなたは御入院でもなすったんでございますか?」

「僕じゃありません。今のお話の市岡君です。この春チブスをやって、四五十日入っていました」

「まあ/\」

「実に親切な看護婦さんでした。それですから、名前まで覚えています。秋山さんでございましょう?」

「はあ」

「お家に御病人でもおありでございますか?」

「いゝえ」

「もう看護婦は廃業したんですよ」

と矢田さんが横から口を出した。

「はゝあ」

「矢っ張り家庭の人になりたいんで、先頃から家で行儀見習です。家内の身寄になっていますから」

「思いがけない人にお目にかゝりました」

と僕は何となく不安を感じた。菊太郎君が高熱中度々失禁したことなんか喋られると、如何にもダラシのない人間のように思い込まれる。尚お回復期に入ってから物を食いたがって僕に喧嘩を吹っかけたこともある。二人の間の余り高尚でない雑談も秋山さんは悉皆聞いているのである。