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ぜんのけんきゅう

善の研究

西田 幾多郎

「善の研究」弘道館、1911(明治44)年2月6日発行

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,777 字 · 243 页

青空文庫

しかしこの仮定は果して正しきものであろうか。意識現象が物体現象と同一の法則に支配せらるべきものか否かは未定の議論である。斯の如き仮定の上に立つ議論は甚だ薄弱であるといわねばならぬ。たとい今日の生理的心理学が非常に進歩して、意識現象の基礎たる脳の作用が一々物理的および化学的に説明ができたとしても、これに由りて意識現象は機械的必然法に因って支配せらるべき者であると主張することができるだろうか。たとえば一銅像の材料たる銅は機械的必然法の支配の外に出でぬであろうが、この銅像の現わす意味はこの外に存するではないか。いわゆる精神上の意味なるものは見るべからず聞くべからず数うべからざるものであって、機械的必然法以外に超然たるものであるといわねばならぬ。

これを要するに、自由意志論者のいうような全く原因も理由もない意志はどこにもない。かくの如き偶然の意志は決して自由と感ぜられないで、かえって強迫と感ぜらるるのである。我々が或理由より働いた時即ち自己の内面的性質より働いた時、かえって自由であると感ぜられるのである。つまり動機の原因が自己の最深なる内面的性質より出でた時、最も自由と感ずるのである。