轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

ぜんのけんきゅう

善の研究

西田 幾多郎

「善の研究」弘道館、1911(明治44)年2月6日発行

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,777 字 · 243 页

青空文庫

ただ充分なる約束即ち原因が具備した時は必ず或現象即ち結果が生ずるというのである。約束がまだ完備しない時これに伴うべき或現象即ち結果なる者はどこにもない。たとえば石を打って火を発する以前に、火はどこにもないのである。或はこれを生ずる力があるというでもあろうが、前にいったように、力とか物とかいうのは説明のために設けられた仮定であって、我々の直接に知る所では、ただ火と全く異なった或現象があるのみである。それで或現象に或現象が伴うというのが我々に直接に与えられたる根本的事実であって、因果律の要求はかえってこの事実に基づいて起ったものである。しかるにこの事実と因果律とが矛盾するように考うるのは、つまり因果律の誤解より起るのである。

因果律というのは、我々の意識現象の変化を本として、これより起った思惟の習慣であることは、この因果律に由りて宇宙全体を説明しようとすると、すぐに自家撞着に陥るのを以て見ても分る。因果律は世界に始がなければならぬと要求する。しかしもしどこかを始と定むれば因果律は更にその原因は如何と尋ねる、即ち自分で自分の不完全なることを明にしているのである。