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ぜんのけんきゅう

善の研究

西田 幾多郎

「善の研究」弘道館、1911(明治44)年2月6日発行

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,777 字 · 243 页

青空文庫

此の如き説明の基礎となる純機械的説明とはいかなる者であるか。純物質とは全く我々の経験のできない実在である、苟もこれについて何らかの経験のできうる者ならば、意識現象として我々の意識の上に現われ来る者でなければならぬ。然るに意識の事実として現われきたる者は尽く主観的であって、純客観的なる物質とはいわれない、純物質というのは何らの捕捉すべき積極的性質もない、単に空間時間運動という如き純数量的性質のみを有する者で、数学上の概念の如く全く抽象的概念にすぎないのである。

物質は空間を充す者として恰もこれを直覚しうるかのように考えているが、しかし我々が具体的に考えうる物の延長ということは、触覚および視覚の意識現象にすぎない。我々の感覚に大きく見えるとも必ずしも物質が多いとはいわれぬ。物理学上物質の多少はつまりその力の大小に由りて定まるので、即ち彼此の作用的関係より推理するのである、決して直覚的事実ではない。

また右の如く自然を純物質的に考えれば動物、植物、生物の区別もなく、凡て同一なる機械力の作用というの外なく、自然現象は何らの特殊なる性質および意義を有せぬものとなる。