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てんのう
天皇
蜷川 新
誰が日本民族の主人であるか
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 136,036 字 · 269 页
孝明天皇は、そういうコチコチの国粋主義者の徒党に動かされて、勅使を立てて二回までも、攘夷の勅が、幕府の要人につたえられた。そうして攘夷の時日をさだめて、それを実行すべしとの勅にまで、事はすすめられたのである。それは、亡国の愚挙であつたが、共鳴する日本人も、じつに多く出た。この一事にかんしては、それに反対し、筆誅をくわえてこそ、愛国の日本人といわれるべきものであった。しかるに、明治以後の日本人は、この破壊活動を煽動した破壊者を、救国の忠臣のように賞めたてている。
西暦一八六四年(元治元年)将軍家茂は、大名、旗本を引きつれて京都にのぼり、孝明天皇と会見した。そうして天皇の歓待を受けた。その折に、天皇は、したしく筆をとつて一書を、将軍にあたえたが、それによると、
「攘夷は、天皇の意思ではなかつたのであり、三条実美らの公卿が、長州藩の人びとと共謀し、天皇の命といつわり、攘夷の命を世上に発したのである。」
と明らかにしてある。すなわち攘夷は、世界を知らない天皇をあざむいた、危険行為であつたのである。当時のスローガン「尊王攘夷」は、人民をあざむいた亡国の策略であつたのである。