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てんのう

天皇

蜷川 新

誰が日本民族の主人であるか

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 136,036 字 · 269 页

青空文庫

」と論じている。この説は、「忠は絶対的の道義である」との断定から出てくる議論である。この派の人は、「君は君たらずとも、臣は臣たらざるべからず。」と説くのである。すなわちこの説は、革命の絶対排斥論である。維新前後には、この主義をとなえていた、いわゆる勤王派が、日本にいくらかいた。橋本左内とか、吉田松陰とかが、その一味である。

これらの学者は、漢学によつてその思想をえた人であるけれども、孔子の説いた忠は、そんな偏屈のものではなかつた。孔子ののこした『孝経』に、孔子の思想が明らかに述べられてある。それによれば、つぎのようなものである。(『孝経』第二十章「諫争編」)

「あえて問う、子が父の命にしたがうことは、孝といえるであろうか、と。孔子は曰く、参よ、(孔子の弟子の子路のこと)それはなんたる言であるのか、なんたる言であるのか。(二度くりかえして弟子を叱っている。)昔は天子に是非を直言する臣下が七人あれば、無道の天子といえども、天下を失わなかつた。諸侯は是非を直言する臣下が五人あれば、無道といえども、その国を失わなかつた。士には是非を直言する友があれば、その身は名声を失うことはなかつた。