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きょうふおう
恐怖王
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年6月~7月、9月~10月、1932(昭和7)年1月~5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,038 字 · 133 页
せかず慌てず、大様に構えていて、しかもいつの間にか、一台二台と外の車を抜いて行く。運転の手際まで何となく垢抜けがして見えるのだ。
車内に納まっている中老紳士は、千万長者と聞えた、布引銀行の取締役頭取、布引庄兵衛氏だ。この人にしてこの自動車、この運転手、さもあるべきことだ。
でっぷり肥えた赤ら顔に、白髪まじりのチョビ髭、厚い唇に葉巻煙草、形丈けはいつもの庄兵衛氏である。だが、よく見ると、どこやら気が抜けている。日頃の張り切った力がない。
彼は物思いに耽っていたのだ。事業上の事ではない。銀行家だって、利子のことばかり考えているとは極まらぬ。もっと人間らしい悲しみに、我を忘れていたのだ。
悲しみとは外ではない。布引庄兵衛氏は、つい数日前、最愛の一人娘の照子を失って、昨日葬儀をすませたばかりなのだ。ふとした風が元で、急性肺炎を起し、手をつくした看病も甲斐なく、淡雪の消える様に果敢なくなってしまった。
もうちゃんと、婿君も極まっていた。布引銀行の社員で、眉目秀麗、才智縦横の好青年、鳥井純一というのが頭取のお眼鏡に叶い、相互の耳にも入れて、もう吉日を選ぶばかりになっていた。