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きょうふおう
恐怖王
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年6月~7月、9月~10月、1932(昭和7)年1月~5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,038 字 · 133 页
彼は果して変装していたのだ。長髪も口髭も、皆にせものであったのだ。
では、一体何人が黒瀬に化けていたのだ。あの惨虐あくなき殺人鬼「恐怖王」の正体はそもそも何者であったのだ。
如何に不思議に見えようとも、それはここに殺されている喜多川夏子その人と考える外はない。でなくて、病院を脱走したゴリラ男が、態々夏子を殺しにやって来る筈はないからだ。
ゴリラ男は「ここはお前の敵の家だ」と云った。夏子が若し「恐怖王」であったとすれば、如何にも敵の家に相違ない。蘭堂は我が恋人を殺害した当の敵と同じ寝室に夜を明かしたことになる。
余りに事の意外さに、蘭堂は暫くぼんやり立尽していたが、やがて、テーブルの上の手紙の様な紙片を手に取って、むさぼり読んだ。
それは皆「恐怖王」と自称する首魁からゴリラ男と覚しき人物に送られた、簡単な通信文であった。
布引照子の棺桶を盗み出す手筈を打合せた一通があった。照子の死骸を自動車に乗せて、恐怖王(即ち喜多川夏子)が、同じ車内に隠れ腹語法によって照子の声で父布引氏に呼びかける手段を記した一通があった。花園京子の片腕を切断する打合せの一通があった。