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きょうふおう

恐怖王

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年6月~7月、9月~10月、1932(昭和7)年1月~5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,038 字 · 133 页

青空文庫

死後数日を経た腐爛死体は、何とも云えぬ悪臭を放って、触ればズルズルと皮膚がめくれて来そうで、着物を脱がせるのにひどく骨が折れた。

厚化粧の顔丈けが、人形の様に美しくて、その首のすぐ下に、灰色の腐肉が続いているのは、何とも云えぬ変てこな感じだった。

死体をソッとうつむけて、警察医と巡査と二人がかりで、艶かしい長襦袢をはいで行った。赤い錦紗縮緬がグルグルとめくれて行く下から、照子さんの灰色の背中がむごたらしく現われて来た。

「ワッ、ひどい傷だ」

誰かが、思わず叫んだ。

灰色の背中一面、蚯蚓の這い廻った様な、ドス黒い傷痕がある。だが、何という複雑な傷をつけたものであろう。イヤ、傷ではない。何だかえたいの知れぬ変てこなものだ。……イヤイヤ、やっぱり傷痕だ。でなくて、こんな恐ろしい蚯蚓ばれが出来るものか。併し、傷は傷でも、決して並々の傷ではない。

「オヤ、何だか、この傷痕は、字の恰好をしているぜ。ホラね、上のは『恐』という字だ。それから『怖』『王』。『恐怖王』だ。『恐怖王』だ」

一人の刑事が叫んだ。

如何にも、よく見ると、その傷痕は「恐怖王」と読まれた。まさか死体糜爛のあとが、偶然この様な形を現わした訳ではあるまい。