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きょうふおう

恐怖王

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年6月~7月、9月~10月、1932(昭和7)年1月~5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,038 字 · 133 页

青空文庫

もう五間だ。

ゴリラはコンクリート塀の根元に蹲って動かなくなった。遂に観念したのか。それとも、迫り来る追手に飛びかかろうと身構えしているのか。イヤ、そうではなかった。彼は丁度動物園の猿の様に、ピョイと身軽く塀に飛びついたかと思うと、非常なすばやさで、スルスルと、その丈余の塀を乗り越えてしまった。誰の邸とも分らぬ大邸宅の庭へ逃込んでしまった。

蘭堂は相手の余りの素早さにあっけにとられ、一瞬間塀の下にぼんやりと突立っていた。

「あれが人間だろうか。ジャンピングの選手だって、とても及ばぬ早業だ」と思うと、相手が何か恐ろしい動物の様に感じられて、ゾッとしないではいられなかった。

彼には、残念ながら、塀の頂上へ手をかけることさえ出来相もない。急いで表門に廻り、この邸の主人に告げて、怪物を捉える外はなかった。

「サア、出て来い。貴様の方で出て来なければ、俺は晩まででも、ここに待っているぞ」

蘭堂は大声で怒鳴って、敵が再び塀を乗り越して逃げ出さぬ用心をして置いて、足音を盗んで、グルッと表門に廻った。

幸、門は開けっ放しになっていたので、駈け込んで洋館の入口のベルを押した。