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きょうふおう

恐怖王

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年6月~7月、9月~10月、1932(昭和7)年1月~5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,038 字 · 133 页

青空文庫

「オヤ、この腕には何か字が書いてある。入墨の様ですね」

蘭堂は思わず浴室に踏み行って、不思議な生腕を覗き込んだ。

「恐……怖……王。アアやっぱりそうだ。あいつらの仕業だ。この腕には恐怖王と入墨がしてありますよ」

又しても悪魔の宣伝文字である。

「マア、……どこに?」

夏子は、これも我を忘れて、浴槽を飛び出して来た。八つの鏡に、全裸の美女のあらゆる向きの像が、艶かしく、イヤ寧ろ恐ろしく、クネクネと蠢いた。

実に驚くべきことが起ったのだ。うら若き未亡人の、豊かにも悩ましき全裸身が、今蘭堂の目の前にあった。湯に暖められて艶々と上気した肌、産毛の一本一本に光る、目にも見えぬ露の玉、全身を隈どる深い陰影の線、それが鏡の面に、或はうしろ向き、或は横向き、或は真正面の百千の像となって、ゆらめき動くのだ。

若しこれが通常の場合であったなら、夏子は恥しさに消えも入ったであろうし、蘭堂はいきなり眼を覆って逃げ出しもしたであろうが、今は常の時ではない。二人の目の前に生々しい人間の腕が転がっているのだ。恥しさも、気拙さも、はては情慾さえもが、どこかへ消し飛んでしまって、彼等の心は、不気味さと恐ろしさに、全く占領されていたのである。