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きょうふおう
恐怖王
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年6月~7月、9月~10月、1932(昭和7)年1月~5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,038 字 · 133 页
そうすれば貴様を逃がしてやらぬものでもない」
蘭堂は遂に弱音を吐いた。
「ワハハ……、参ったな。じゃ、道を開け。そこをどけ」
ゴリラが歯をむいた。
「よし、のいてやる。その代りお嬢さんを離すんだ」
蘭堂は云いながら、部屋の隅へあとじさりした。そこにほんのちょっとした隙があった。
ゴリラはパッと寝台を飛降りると、矢の様に部屋の入口へ走った。京子さんの死骸を小脇に抱えたまま。慾深くも、切断された左腕さえ片手に引掴んで。
「コラッ、お嬢さんをどうするんだ。待てッ」
蘭堂は叫びさまドアの外へ追って出た。二人の書生もあとに続いた。
外の廊下から、ゴリラ男が走りながらの捨てぜりふが聞えて来た。
「こいつは俺の武器だからね、うっかり手放す訳には行かんよ。貴様が俺に追いついたら、ホラ、ペキンと二つに折っちまうんだ。貴様の好きな女をね」
そして、逃走者と追手の足音が、慌しく玄関の方へ消えて行った。
伯爵夫人はどうしていいのか分らなかった。泣くにも泣けぬ腹立たしさであった。若しあのまま京子の死骸が帰って来なかったら、旅行中の主人伯爵に何と云って申訳をすればいいのだろう。と思うと、俄かに胸がつぶれて、彼女は寝室を去りもやらず、主なきベッドに倒れ伏して、声もなく泣き入った。