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きょうふおう
恐怖王
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年6月~7月、9月~10月、1932(昭和7)年1月~5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,038 字 · 133 页
さては、あいつゴリラ男だな。そして、小脇に抱ているのは伯爵令嬢だな。
「しめた! 大物だぞ」
刑事は、勇躍して怪物の跡を追った。
人通りもない淋しい町だ。追うものも逃げるものも、何の障害物もなく思う存分駈けることが出来た。町角を曲り曲り、五六丁程、不思議な駈けっこが続けられた。彼等は二つの黒い塊りになって、風を切って走った。
いくらゴリラでも重い荷物を持っていては、そうそう走れるものではない。二人の距離は段々せばめられて行った。
このまま走っていては、瞬く内につかまるに極っている。何とかしなければならない。ゴリラ男は到頭決心した。大事な獲物を捨てて我身の安全を計る決心をした。
「エエ、これが欲けりゃくれてやらあ」
彼は憎々しく怒鳴りながら、抱ていた死骸を地上に投げつけて更に走り続けた。
刑事は、この不意撃ちにちょっとたじろいた。令嬢の死骸に目もくれず、追跡を続ける気転が利かなんだ。彼は思わず投げ出された死骸の前に立止った。
ゴリラ男はその隙に、十間程も逃げのびることが出来た。若し、その時、彼の前方から、あの巡査がやって来なかったら、まんまと逃げおおせたかも知れない。