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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

04 第四分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,841 字 · 376 页

青空文庫

その日もまだ叡山は黒煙をあげていた。おとといからの余焔である。

かれの大虐殺の手をのがれて、京都へかくれこんだ僧俗もかなりあるらしい。その者たちの口から信長の名は、

「生ける魔王」

だとか、

「地獄の使者」

だとか、また、

「暴戻な破壊者」

だのと、極端な恐怖の象徴に擬せられ伝わっていた。

眼に、比叡や四明の大紅蓮を見、耳に当夜の惨状を聞かされていた京洛の人々は、信長が兵をひいて下山して来ると聞くと、

「こんどは京都か」

と、震えあがって、

「室町将軍の館は焼討ちをまぬがれまいぞ」

などと、昼ながら戸を閉めたり、荷をからげて逃げ支度する者も多かった。

しかし信長の兵は、加茂川べりに屯して、市街に入るを禁じられた。

禁じた者は、それを統率しているおとといの魔王である。

かれは少数な部将だけをつれて一寺院にはいった。そこで甲冑をぬぎ、湯漬を喰べ終ると、これはまた優雅な衣冠にすっかり着かえて出て来た。

駒も派手な鞍をおいた月毛に乗り換え、わずかな部将だけは甲冑のままであったが、それらの十四、五名を従えて、ゆるやかに大路を通って行った。

魔王のすがたは余りにも平和であった。