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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

09 第九分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,757 字 · 375 页

青空文庫

そして、その陣地構築と、守備とを、柴田勝豊家中の大金藤八郎、山路正国などに命じ、

「いちいちのことは、丹羽五郎左に聴け」

と、いって帰った。

丹羽長秀をもって監視とするの意であった。

こえて二月七日。

在京の秀吉は、西雲寺の住僧を使いとし、信州海津城の須田相模守のもとに書を送った。

須田相模守は、上杉景勝の臣である。秀吉の託した一書の内容が何か、もって察しられぬこともない。

秀吉は、この時において、北陸の上杉景勝と結ぶべきを思い、攻守同盟の約を、我から求めて行ったのである。

書面は、臣の増田仁右衛門、木村弥右衛門、石川兵助の三名の名をもってさせ、須田を介して、上杉へ申し入れたが、秀吉の胸には早くから「このこと、必ず成るべし」という自信があった。

なぜならば柴田勝家と上杉とは、数年間にわたる血戦に一奪一譲を続け、両国麾下の士には解くに解けない骨肉の宿怨が累として横たわっている。今や勝家はそれをも解いて、後の患いなく、正面の秀吉に全力を集中したいと念じてはいるだろうが、彼の我意と驕武の質は、よくそのような含みのある経略はなし得ぬ者とみていたからである。