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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

09 第九分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,757 字 · 375 页

青空文庫

そして敵勢の大部分が堀切の登りへかかった背並を狙って、この手の鉄砲が、一斉に火ぶたを切ったものだった。

弾けむりの下に約二、三百の兵が、間の谷へ、転げるのが見えた。

――と、共に、山をゆるがす程の喊声が、西の崕にも、東の峰にも、わき起った。谷あいの手負いも、馬も、異様な声を発した。

そのとき、秀吉の主力は、早や東の高地に殺到し、秀吉自身の、

「かかれっ」

という総がかりの叱咤に弦を切られて、われがちにそこから駈け降りていたのである。

いや、道を求めている間などはない。多くは、灌木帯を目がけて跳び降り、その上にまた跳び降り、跳び降り、青葉をかすめる槍の光や差物が、山つつじの花と共に、一瞬、あらゆる色彩の卍を描いた。

世に、賤ヶ嶽の七本槍――三振の太刀などと聞えたのは、このときのことをいう。

叱咤に、声をからしていた秀吉は、さらに、左右の若者たちへ、烈しく采配を示して、

「軍法も、時による。小姓どもとて、きょうは法度はなしぞ。思いのまま、駈け向えや。やりたいように、戦してみよっ」

と、励ましたのである。

「あっ」

と、躍り立つ者。

「わっ」

と、そこからもう先を争ってゆく者、侍側十数名の若者が、猛然、崖をくずして雪崩たかと思うと、早くも、谷あいの両勢の対峙は、均衡を破って叫喚の乱軍となり始めていた。