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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

09 第九分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,757 字 · 375 页

青空文庫

――すると、日頃はついぞわれから差し出たことのない勝助――小姓頭の毛受勝助家照が、つと走り出て、勝家の馬の前に平伏して云った。

「おねがいですっ。……大殿っ。その金の御幣のお馬印を、私に、拝領させて下さいまし」

馬印を賜わりたい――と、彼が主君に求めたのは、いうまでもなく、身をもって、後にふみ留まり、大将の身代りにならんと、われから志願して出たことにほかならない。

勝助は、その後、

「……何とぞ」

とばかり、ことば少なく、ひれ伏したままだった。

その姿には、決死とか、必死とか、猛ぶるものも見えず、平常、勝家の前で、小姓頭として仕えているときの挙止と何の変りもなかった。

「なに、馬印をくれいとか」

馬上の勝家は、地にある勝助の背を、あやしむ如く見すえてしまった。

左右の諸将も、ひとしい面持と眸を、勝助の上にそそぎ合った。

みな、意外に打たれたのである。なぜならば、およそ柴田家の近衆数多なうちでも、毛受勝助家照ほど、日頃、主の勝家から冷やかにあしらわれていた臣はない。

常々、勝助の無口も、そのための憂鬱だろうとさえ、いわれていたくらいである。

彼を、毛嫌いしていた勝家は、直接、誰よりもよくそれを知っていたであろう。