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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

02 第二分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,406 字 · 381 页

青空文庫

黍粉の袋も、次に押し戴いて、召使の若党へ手渡した。

「台所へ持ってゆけ」

「はい」

「何をわしの顔を見るか。泣くべき時に泣くのに何のふしぎがある。……これは、母上が、御自分の手で、夜業に挽いて下された黍粉だ。勝手元の下婢にあずけて、粗末にせぬよう、団子になとして、時折わしに喰わせてくれ。……幼い時からわしはそれが好きでなあ。母上には、それを覚えておいでなさったのだろう」

彼は、寧子のことをすっかり忘れていた。独り喰う夜食の間にも、

「母上には、どんな物を召し上がっていらっしゃるだろうか。わしから時折、かねをお送りしても、相変らず、うまい物は子に喰わせ、良人には酒を買い、御自分は塩や粗菜ばかり喰べておられるのではないか。母上には、長生きをして戴かぬと、大きな張合いがなくなってしまうが……」

眠りについてから、また、

「そうだ。……母さえお迎え申さぬに、妻のことなど……ちと早いぞ。まだ早い」

彼は、反省した。

しかし反省は、諦めではない。寧子を娶ることは、もっと先のほうがよいと考えたまでのことである。

いつか眠っていた。

戛。戛。戛……

馬蹄の音が、すぐ戸外を駈けて行った。