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じろきちこうし

治郎吉格子 名作短編集(一)

吉川 英治

吉川英治『治郎吉格子 名作短編集(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:治郎吉格子、増長天王、醤油仏、八寒道中、野槌の百、銀河まつり、無宿人国記、雲霧閻魔帳。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 178,609 字 · 362 页

青空文庫

「ふん、自然にな。それでいいのだ、折にふれての心を吹く。魂を遊ばせる。それでいいのでございますわい。……だが笛のせいもあるじゃろうが、おそろしく寒い音色、察するにお手前は、孤独でござるの」

「御明察のとおりでございます」

「お年にしては寥落なお姿、その音が笛にあらわれる。笛ほど嘘をつかぬものはないでな」

「心に邪気があって、吹けないことが屡ございます」

「そうとも。殺気をふくめば殺気ばみ、情気があれば情韻をもつ。とても、おそろしいやつはこの笛でござる。殊にお手前の音いろを聞き澄ますに、非常な執着と怨みをおもちなされている。――ウム、最前旅先といわれた。それに孤独、仇を探しておあるきの身でおざろう」

「や……」

図星をさされて、三五兵衛はおどろいた。

「ま、すこし和曲の明るいものをお吹きなさい。あまり寥落じゃ、あまり冷徹じゃ」

彼はその道の人として、平六をめずらしい笛吹だと敬服した。どうしてこんな笛師が、この甲府などにいたろうかと不審に思ったが、あとで聞くと、領主の柳沢吉保が江戸から連れて来たもので、春日流の宗家に縁のある人だと聞いて、そうかと、頷いた。

せめて平六から、何か、一曲うけておきたい。