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げんだいゆいぶつろんこうわ

現代唯物論講話

戸坂 潤

「現代唯物論講話」白揚社、1936(昭和11)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 页

青空文庫

だから石原博士が、私などが濫りに形式論理を排除するかのように感じるのは、博士自身の形式論理という概念の方に多少曖昧な処があるからだろうと思われる。夫は必ずしも私側に於ける弁証法の概念の曖昧からではないようだ。私の「マルクシズム的偏見」に由来するとばかり云うことは出来なかろう。なぜなら、もし博士の所謂形式論理(と云うのは数学的解析などの事だ)を濫りに排除しようとするらしい弁証法論者でもいるならば、夫は決してマルクシストでもないだろうし、又唯物論者でもないだろうからだ。

以上私は、結局石原純博士の批評文に引きずられて、自分の立場に就いてばかり話しをして了ったようだ。他人の文章に牽制されているのだから体系的にも行かなかった。少し答え足りないと思うが、さし当りこの辺で止めておこう。だがもし私の意見が根本に於て石原博士を満足させない点があるとしたら、夫は私が、実験其の他に就いて、単に物理学者の常識的観念を理論的に整理するという認識目的には止まることを欲しなかったからである。この点岡邦雄氏の同書に就いての批判(『社会評論』一九三六年三月号「科学時評」)に対しても、同じに云っていいと思う。