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げんだいゆいぶつろんこうわ

現代唯物論講話

戸坂 潤

「現代唯物論講話」白揚社、1936(昭和11)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 页

青空文庫

――だがそう云うことは何も、或る人々の恐れるような主知主義を意味しない。主知主義は結局合理主義に帰着するのだが、処が吾々は現に、論理的価値すらが純粋論理以外のものから、この非合理的なものから、生じて来ねばならぬと主張していたのである。論理はイデオロギーの・意識の精髄であった、論理的価値がイデオロギーの規範性・価値性・一般を代表するのに実は何の不思議もなかった筈である。

イデオロギー論の中心はその価値論に、そしてイデオロギーの価値論の中心はその論理的価値の理論――論理学――に、存する。意識学の最後の中心は論理学である。イデオロギー論の実践的・政治的・階級的・即ち又イデオロギー的・エネルギーはここを力源としている。イデオロギーはこうして初めて認識論のものとなる。

併し中心はものの凡てではない、イデオロギー論の肉体に相当するものはイデオロギーの「社会学」や之と裏表の関係にあるイデオロギーの「歴史学」のようなものだろう。論理的価値が価値一般を代表したと同様に、イデオロギーの社会学は今日、事実上、知識社会学によって代表されている。処がこの知識社会学の――社会学という「科学」